Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://12v.blog89.fc2.com/tb.php/92-d6b2fb38

-件のトラックバック

-件のコメント

[C120] 待っていました!

こんにちは。ひそかに待っておりました、無言神事ネタ。

以前のサイトでの無言神事の記事がとても面白かったので、
この春にあった出雲大社のご遷宮の神事の中の、真っ暗闇のなか、無言でぐるぐる大勢の神職さんや氏子さんや崇敬者さんがお宮の周りを回る…というのを見ても、
ちょっと、無言神事っぽい??と勝手に思ってしまったほどです。(無知故と流してください…)

気が向いたら、ログのほうも掲載よろしくお願い致します~。
  • 2008-09-11
  • co
  • URL
  • 編集

[C121] >coさん

覚えていて下さった方がいらっしゃったとは。
ありがとうございます。
管理人冥利に尽きます。

無言神事に関しては、どうしようもなく惹かれる反面、「(祭の)部外者」である自分がどこまで首を突っ込んで良いのかどうかというところで、常に自問自答というか、葛藤してしまいます(苦笑)。

>出雲大社のご遷宮の神事

仮殿遷座祭でしょうか。残念ながら、全く見てませんでした。
春日若宮おん祭の「遷幸の儀」のようなものでしょうかねぇ……。

>ログのほうも掲載

うう、ログ倉庫の更新、思いきり滞ってますね。
  • 2008-09-11
  • 12v電源
  • URL
  • 編集

[C129] はじめまして

こちら精華町祝園で生まれ育った者です。いごもりの起源が知りたくて色々とびまわりこちらへ来ました!なるほどーー!父からは昔昔大蛇が畑を荒らすのでそれを退治するため人々は息を殺し、トイレに行くにも桶に藁をひき音を消してし、水もつかってはいけない、茶碗・箸も使わず食事し、見事大蛇をやっつけたがそれは3つに分断し、山城、祝園、九州へ飛んだそうです。ですから毎年いごもりの日は夕方から深夜までは音をたてないよう過ごします。食事にはみな必ず太巻きを食べますね。手を使うので音もしません。ただ神主様によると正確な資料は山城大水害やなんかで紛失し詳しくは不明だそうです。ので今回こちらで大変勉強になりました!!ありがとうございました!機会がありましたらぜひいごもり祭お越しくださいね
  • 2008-10-02
  • S-YAMA
  • URL
  • 編集

[C130] S-YAMAさん

初めまして。
こちらこそ、貴重でとても興味深い話をありがとうございます。
今でもきちんと忌み籠もられているのですねえ。素晴らしい。
私なんかが軽々しく言える事ではないのですが……ぜひ、伝え残していって頂きたいです。

>山城、祝園、九州
九州へ飛んだ、というのは初めて聞きました。
九州にも同様の言い伝えが残っているかもしれませんね。
大蛇は恐らく何かの比喩でしょうから、色々と面白い想像ができますね。

>太巻きを食べる
節分の「恵方巻き」とも関わってきそうですね。
恵方巻きは関西発祥だとされていますが、ルーツは今いちはっきりしていません。(様々な説はありますが)
今でこそ「恵方に向かって無言で太巻きを食べると福が訪れる」という設定ですが、昔は音を立てないための「忌み」の意味合いが強かったのかもしれませんねえ。
憶測ですけども(笑)
  • 2008-10-04
  • 12v電源
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

【珍所:其の47 祝園神社】

 無言で行われる神事、【無言神事】については、引っ越す前のブログで少し触れたことがあります。
 えー、管理人(私)ですら忘れていましたので、たぶん誰も覚えていないと思います。

 今回は、そんな無言(系)神事が行われる、2社をご紹介。

祝園(ほうその)神社と、
伎座天乃夫岐賣(わきにますあめのふきめ)神社。通称・涌出宮

 場所は、京都の南部。奈良との境界あたり。
 この2社は、木津川を挟んで東西に分かれて鎮座しています。

・祝園神社→京都府相楽郡精華町祝園小字柞ノ森1
・涌出宮→京都府木津川市山城町平尾里屋敷61-9

 この両宮は、似通った【居籠祭】を行うことで有名です。
 いごもり。いごもる。
 つまり、祭が行われている間は、音を立ててはいけないし、見てもいけない。
 この2社で何故、このような奇祭が行われるようになったのか。

 涌出宮の由緒書きによると、
<1>
 崇神天皇の御代に、天皇の庶兄で、当地山城地方を任せられていた、武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと)の軍が、大和朝廷軍と戦い敗北して安彦は非業の最期を遂げた。その後、数多くの戦死者の霊が祟り、この辺りに悪疫が大流行して人々を悩ませた。村人達は斎みこもって悪疫退散の祈祷をし、かくして悪霊が鎮まった。
 これが、いごもり祭の起こりと言われている。(日本書紀)
 因みに、木津川対岸の祝園神社でも、いごもり祭を斎行されている。伝説では、安彦が斬首されたとき、首は川を越えて祝園まで飛び、胴体は棚倉(※)に残ったと言われている。
 祝園神社では、安彦の首を型どった竹輪を祭に用い、湧出宮では胴体を型どった大松明を燃やすのだ、との言い伝えもある。

<2>
 昔、鳴子川へ三上山から大蛇が出てきて、村人を困らせたので義勇の士がこれを退治したところ、首は祝園に飛び胴体は棚倉に残ったとの言い伝えもある。

以上、湧出宮の由緒書より抜粋
※…「棚倉」は、湧出宮が鎮座する土地の名前。

 植木行宣氏によると、安康天皇の皇子2人が皇位を巡って争い、負けた兄の首を埋めたのが祝園「いずの森」で、胴体を埋めたのが棚倉の「湧出森」だという伝説もあるという。
 貞享3(1686)刊の『雍州府志(ようしゅうふし)』によると、武埴安彦命は長髄彦になっている。
(谷川健一編『日本の神々-神社と聖地-5』)

 「何」が鎮まっているのかの正否はともかく……人々がどれだけこの神を畏れてきたのか、現代まで残っている祭からも窺い知れます。

 ◇

 まずは祝園神社から。

 近鉄・新祝園駅を降りた途端、遠くから雷鳴が。
 空を見上げると、灰色の入道雲が四方八方に湧いていく。
 周りはのどかな田園風景。雨宿りできそうな場所も無いので、小走りで目的地へ向かう。

housono01.jpg
祝園神社の鳥居が見えてきました。
後ろにはこんもりとした杜が控えています。
この地は「柞ノ杜(ははそのもり)」と呼ばれています。

housono01.jpg
誰もいない境内。

housono01.jpg
動線のど真ん中に石灯籠。その両脇に樹。

housono01.jpg
拝殿

暗さ、鳴りやまない雷、虫の羽音、気配なんかが一緒くたになって、ひどく弱ってしまいました。

雨が降る前に駅に戻らなければ……と、神社を後にした途端、意識してないのに何故か走り出す。
走る私の目の前に、道の脇の石碑が飛び込んでくる。
housono01.jpg
崇神帝十年役 武埴安彦破斬旧跡

「祝園(ほうその)」の語源は、「羽振苑(はふりその)」の転訛とされる。
溢(はふ)れたのは、武埴安彦の乱における死体。
ハフルは、「放る」「屠る」にも繋がる。

『日本書紀』(崇神天皇十年九月)によると、謀反を起こした武埴安彦とその妻(吾田媛)を討伐するため、崇神天皇は彦国葺(ひこくにぶく)を遣わし、ついに武埴安彦を討った。
 この戦いによって、数多くの死体がこの地に溢(はふ)れたため、この地は「羽振苑(はふりその)」と呼ばれた。
 また、ハフルとは、元々放擲の意味があり、「死体を投げ捨てる場所をいうのであろう」という説明もある。
(『日本の神々-神社と聖地-5』)

 ちなみに……『日本書紀』によると、この時、武埴安彦命の兵が恐怖のあまり褌(はかま)から尿を漏らしながら逃げたことから、尿褌(くそばかま)……転じて今の「樟葉(くずは)」という地名になったという。(らしい)
 
  ◇

 祝園神社で行われる「居籠祭」は、正月初申の日から3日にわたって行われる。

●1日目:風呂井の儀
 夜、神社内の杜の中にある「風呂の井」という井戸へ神主が赴き、一子相伝の祝詞を奏し、玉串を持ち帰って神殿に納める。
 神主が往復する通路には浄砂が撒かれ、神主は鈴を打ち鳴らして道を往復する。
 この神主の姿を見た者は「目が潰れる」とされ、決して見てはならない。

●2日目:御田の儀
 世話をする人間(トモと呼ばれる)が大松明を持ち、神主と共に「コウノモリ」と呼ばれる祭場へ向かう。神主は道を行く途中に鈴を打ち鳴らす。この鈴の音が聞こえると村中が消灯する。かつては一切の物音が禁じられた。
 トモと神主は「コウノモリ」の御田で、農耕の儀式(種まき)を行う。

●3日目:網曳の儀
 南北に別れた氏子が、綱(竹の輪)を引き合って勝負を決める。3回勝負を行った後、3度目の勝方が「イズノモリ」と呼ばれる場所まで網を引きずって行って焼き払う。

 湧出宮の由緒書によると、この竹の輪が、武埴安彦命の頭を象っているといわれる。

housono06.jpg

  ◇

 次回は、木津川を挟んだもう片方。
 湧出宮をご紹介します。(予定)
スポンサーサイト
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://12v.blog89.fc2.com/tb.php/92-d6b2fb38

0件のトラックバック

4件のコメント

[C120] 待っていました!

こんにちは。ひそかに待っておりました、無言神事ネタ。

以前のサイトでの無言神事の記事がとても面白かったので、
この春にあった出雲大社のご遷宮の神事の中の、真っ暗闇のなか、無言でぐるぐる大勢の神職さんや氏子さんや崇敬者さんがお宮の周りを回る…というのを見ても、
ちょっと、無言神事っぽい??と勝手に思ってしまったほどです。(無知故と流してください…)

気が向いたら、ログのほうも掲載よろしくお願い致します~。
  • 2008-09-11
  • co
  • URL
  • 編集

[C121] >coさん

覚えていて下さった方がいらっしゃったとは。
ありがとうございます。
管理人冥利に尽きます。

無言神事に関しては、どうしようもなく惹かれる反面、「(祭の)部外者」である自分がどこまで首を突っ込んで良いのかどうかというところで、常に自問自答というか、葛藤してしまいます(苦笑)。

>出雲大社のご遷宮の神事

仮殿遷座祭でしょうか。残念ながら、全く見てませんでした。
春日若宮おん祭の「遷幸の儀」のようなものでしょうかねぇ……。

>ログのほうも掲載

うう、ログ倉庫の更新、思いきり滞ってますね。
  • 2008-09-11
  • 12v電源
  • URL
  • 編集

[C129] はじめまして

こちら精華町祝園で生まれ育った者です。いごもりの起源が知りたくて色々とびまわりこちらへ来ました!なるほどーー!父からは昔昔大蛇が畑を荒らすのでそれを退治するため人々は息を殺し、トイレに行くにも桶に藁をひき音を消してし、水もつかってはいけない、茶碗・箸も使わず食事し、見事大蛇をやっつけたがそれは3つに分断し、山城、祝園、九州へ飛んだそうです。ですから毎年いごもりの日は夕方から深夜までは音をたてないよう過ごします。食事にはみな必ず太巻きを食べますね。手を使うので音もしません。ただ神主様によると正確な資料は山城大水害やなんかで紛失し詳しくは不明だそうです。ので今回こちらで大変勉強になりました!!ありがとうございました!機会がありましたらぜひいごもり祭お越しくださいね
  • 2008-10-02
  • S-YAMA
  • URL
  • 編集

[C130] S-YAMAさん

初めまして。
こちらこそ、貴重でとても興味深い話をありがとうございます。
今でもきちんと忌み籠もられているのですねえ。素晴らしい。
私なんかが軽々しく言える事ではないのですが……ぜひ、伝え残していって頂きたいです。

>山城、祝園、九州
九州へ飛んだ、というのは初めて聞きました。
九州にも同様の言い伝えが残っているかもしれませんね。
大蛇は恐らく何かの比喩でしょうから、色々と面白い想像ができますね。

>太巻きを食べる
節分の「恵方巻き」とも関わってきそうですね。
恵方巻きは関西発祥だとされていますが、ルーツは今いちはっきりしていません。(様々な説はありますが)
今でこそ「恵方に向かって無言で太巻きを食べると福が訪れる」という設定ですが、昔は音を立てないための「忌み」の意味合いが強かったのかもしれませんねえ。
憶測ですけども(笑)
  • 2008-10-04
  • 12v電源
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

プロフィール

12v電源

Author:12v電源
読み方:ジュウニボルトデンゲン
信 条:てきとう
過去ログ倉庫

このサイトは、管理人(12v電源)が、日本各地の珍所や珍書や珍品を探しつつ、フトした疑問などを追求したり諦めたり投げ出したりしているサイトです。
全国各地の「ポツンとした物」を探す、自称”ポツニスト”。

y_3dan2000■yahoo.co.jp
お手数ですが、メールを送られる場合は、
「■」を「@」に置き換えて下さい。

ブログ内検索

QRコード

QRコード

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。