Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://12v.blog89.fc2.com/tb.php/55-e84e3db7

-件のトラックバック

[T2] 平田満

平田満平田満(ひらた みつる、1953年11月2日 - )は、愛知県豊橋市出身の日本の俳優。所属芸能事務所|事務所はアルファーエージェンシー。愛知県立時習館高等学校卒業。早稲田大学法学部中退。1999年9月、車の運転中にワゴン車と衝突。ろっ骨を骨折する

-件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

【珍所:其の34 諏訪探訪2回目(1日目)】

 気づいたら、また諏訪に来てました。

……もちろん、思い立ったのは1週間くらい前で、バスやら宿は事前に(と言っても、数日前に)予約した訳なのですが、気分的には「気づいたら、また諏訪にいる」という感じです。

「計画性の無いところが、ある意味、計画なのだなぁ」と、思うことにしている今日この頃。

  ◇

 さて。
 長距離バスの中で上映された『蒲田行進曲』で、既に一仕事終えたような気持ちになりながら、上諏訪に到着。
 テーマソングと平田満の「銀ちゃんカッコイイ!」が頭にこびりついて離れない。
 そのままフラフラと電車に乗り、隣駅の「茅野」へ。


八ヶ岳。
森林限界を超えた白い山肌は、関西では見られない山の稜線ですねえ。
先端恐怖症には堪らない尖り具合です。

 とりあえず御座石(ございし)神社を目指して、駅からひたすら東へ歩く事に。
 御座石神社には、諏訪信仰に欠かせない七木・七石信仰のうち、七石のひとつ「御座石」があります。


犬射原社(いぬいばらしゃ)
諏訪大社上社の末社。祭神は大己貴命・健御名方命・事代主命。
流鏑馬神事、犬追物などが行われたとある。
犬追物。刺さらない(一応)蟇目の矢を使って犬を射る競技。
狩猟文化盛んな諏訪らしい一社。


惣持院の脇に置かれた石碑・石仏群。

その中の一体。僧形の骸骨。珍しい。(と思う)
苦行像ではないなぁ。完全に骨。

あちこちで見かける「友愛」看板。 

最初、「親も子も弾を扱わない いい家庭」に見えました。
血と硝煙にまみれた家庭。
バイオレンス信州……さすが狩猟民族。
色んな妄想が頭の中を駆けめぐりましたが、正しくは、
「親も子も孫も吸わない いい家庭」でした。

帰ってからネットで調べたところ、この看板は「日本禁煙友愛会」という長野県伊那市にある、日本最大の禁煙団体の物らしいですね。
堂々とした漢字の間違いは、好感すら持てます。
 


道路脇にあったお稲荷さん。「正一位稲荷大明神」と彫られた石碑の隣には、「笠原祝神」の石碑も。

恐らく、同族で祀った神だと思われる。
こういう同族講みたいな習慣は、大阪でしか生活したことない私にとって珍しかったりします。

そんなこんなで、目的地に到着。

御座石(ございし)神社
諏訪大社の主神・建御名方の母、高志沼河姫を祀る。

 両脇を道路に挟まれ、ゴウゴウ車が行き交っているというのに、境内は静まりかえっています。


七石のひとつ、「御座石」。
解説によると、
 この石には、御座石神社の御祭神である高志沼河姫命が、この地に乗って来られた鹿の足跡がのこるとされている。
 諏訪明神建御名方命は高志の国(越後)から母神沼河姫をこちらに迎えられた。母神は鹿に乗り大門峠を越えて来られ、この石に腰を掛け休息したと伝えられている。
 どぶろく祭りの際には、幣帛を捧げる大切な石である。
とある。
 確かに鹿の足跡っぽい形に見える。

 境内には他にも、

武田信玄が賛美したとされる「穂掛石」や、


石仏が。


石仏が……

石……

たぶんこれ、全部同じ人の作品だろうなあ。

顔とか表情が良かったので、思わず写真を撮りまくってしまいました。
古くても江戸……中期、後期あたりだとは思うのですが、なかなか惹かれるものがあります。



「脳トレの街」
……なんで?


 茅野駅へ戻る途中、「塚原鎮守神社」へ寄ることにしました。

鬱蒼とした杉木立の中で、山の斜面に這うように鎮座。


明るく写っているものの、すでに午後6時。

 そろそろ暗くなってきたので宿に戻ろうと思い、神社の石段を下りると、ちょうど道路を挟んで神社の向かいの家から、白いランニングシャツを着た白髪の、70歳くらいのお爺さんが青いジョウロを持って出てきた。
 恐らく神社の世話をしてらっしゃるんだろうなぁ……。
 などとボンヤリ思うと同時に、ふと気づいた。
 夕方6時に、村の鎮守神社の中から、ヨソ者の女ひとり……しかも、かなり明るい茶髪にピアスという自分は、かなりの不審人物っぽいんじゃなかろうか。いや、そうに違いない(反語)。
 ここは不審者色を一掃するために、笑顔で滑舌の良い挨拶だ。
 持ち得る限りの社会適合スキルを使うんだ……

「こんにちは」

 緊張を破ったのはお爺さんの方でした。
 
「……こんにちは」
 半ば脱力して挨拶を返しつつも、お爺さんの発した「こんにちは」のイントネーションに、「あれ?」と思う。
 なんと言えば良いのか……公で挨拶し慣れている人の「こんにちは」だと思った。

「ご旅行ですか」
 白いランニングに布ズボンという、一見普通のお爺ちゃんは、慣れた口調で聞いてくる。
「ええ、ちょっと……この辺りの神社を巡ってまして」
「ほう、どちらから?」

 質問されるままに、大阪から来たこと、大学で国文学で能を専攻していたこと、今は就職していること、盆休みを利用して諏訪に来たことなどを話す。
 お爺さんは、昔『風姿花伝』の講義を受けていたと言い、内容の一部を暗唱する。 

 大学名を尋ねられて答えると、お爺さんは、他にも関西圏の大学名をスラスラと挙げていく。
 関西の人間ですら混同しがちな、似た名前の大学をちゃんと把握していた事に驚き、思わず、
「(大阪まで)遠いのに、よく御存知ですね」
と言うと、

「私、小・中学校の校長をやっていたことがありまして。子供も二人、教師をしとるんですよ」

とのこと。
全て納得。そう、教師の喋り方だ。これは。
訊くと、社会科の教師だったそう。なるほど。

 その後、諏訪の話を聞かせてもらっていたはずが、なぜか全く別の話で大盛り上がり
 神仏混淆の話から、日本独自文化の観念を、どうやって海外へ伝えるかという話に及び、

お爺さん「いやー、そこへいくと、あの人は凄かった……東京芸大を創設した……ええと、岡……なんだっけかな」

「岡倉天心ですか」と言うと、お爺さんは嬉しそうに頷き、

「そう、岡倉天心。フェノロサと組んで日本文化を海外に紹介した。岡倉天心は論文を全て英語で書いていたからね。あれで、日本文化が海外で理解されるようになったんだからねえ。
逆に、岡倉天心の論文は、和訳するのが大変だったらしい」

 その後、森有礼の漢字廃止論やら、東南アジアの表記問題やら、諏訪とは全く関係ない話に。

 校長をされていただけあって、話すのも聞くのも上手ときている。
 気づくと、30分以上も立ち話をしており、とっぷり陽が暮れていました。
 さすがにマズイと思い、何度も「勉強になりました」と御礼を言って、その場を後に。
「また、諏訪に来て下さい」と言ってもらいました。

 ありがとうございました。


駅まで急ぐ途中、花火が。

  ◇






 

2日目の様子は、また後日。
スポンサーサイト
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://12v.blog89.fc2.com/tb.php/55-e84e3db7

1件のトラックバック

[T2] 平田満

平田満平田満(ひらた みつる、1953年11月2日 - )は、愛知県豊橋市出身の日本の俳優。所属芸能事務所|事務所はアルファーエージェンシー。愛知県立時習館高等学校卒業。早稲田大学法学部中退。1999年9月、車の運転中にワゴン車と衝突。ろっ骨を骨折する

0件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

プロフィール

12v電源

Author:12v電源
読み方:ジュウニボルトデンゲン
信 条:てきとう
過去ログ倉庫

このサイトは、管理人(12v電源)が、日本各地の珍所や珍書や珍品を探しつつ、フトした疑問などを追求したり諦めたり投げ出したりしているサイトです。
全国各地の「ポツンとした物」を探す、自称”ポツニスト”。

y_3dan2000■yahoo.co.jp
お手数ですが、メールを送られる場合は、
「■」を「@」に置き換えて下さい。

ブログ内検索

QRコード

QRコード

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。